サァペンティンの滝 (火石沢の滝)
岩手の地質紀行 ~その1~
サァペンティンの滝(火石沢の滝)
「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
さそりの赤眼が 見えたころ
四時から今朝も やって来た。
遠野の盆地は まっくらで、
つめたい水の 声ばかり。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
凍えた砂利に 湯げを吐き、
火花を闇に まきながら、
蛇紋岩<サアペンテイン>の 崖に来て、
やっと東が 燃えだした。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
鳥がなきだし 木は光り、
青々川は ながれたが、
丘もはざまも いちめんに、
まぶしい霜を 載せていた。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
やっぱりかけると あったかだ、
僕はほうほう 汗が出る。
もう七、八里 はせたいな、
今日も一日 霜ぐもり。
ガタンガタン、ギー、シュウシュウ短編童話『シグナルとシグナレス』宮沢賢治(1923.5)より
上の詩は、宮沢賢治の短編童話「シグナルとシグナレス」の冒頭に出てくる唄の詩です。蛇紋岩をわざわざ英語読みの<サアペンテイン>と読ませています。
紫波町に、このサアペンテインの崖がありました。その崖が形成している滝が今回紹介する「サァペンティンの滝」です。地元では「火石沢の滝」として知られている落差4mほどの滝で、彦部から赤沢に抜ける道のすぐ脇を流れる赤沢川に、悠然とその姿を見せます。
この写真を撮った日は、4月の雪解けによる増水で、ゴォゴォと迫力ある滝となっていました。日本広しと言えども、このような滝は極めて珍しいはずです。それも車道のそばにあるから驚きです。
珍しい理由、それはこの滝が蛇紋岩やそれに付随する地質で出来ているからです。そう、地質学者でもあった宮沢賢治が自身の作品の中に度々登場させる蛇紋岩であす。
蛇紋岩は海底下のマントルで形成された橄欖(かんらん)岩が変成したものであり、かなり特殊な地質です。下に日本での蛇紋岩の分布域を示すが、東北では岩手の北上山地に特徴的に産しており、その一部がここに露出しているのです。
早池峰山の蛇紋岩が有名ですが、蛇紋岩が風化した土壌は多くの植物にとって有害で、特殊な植生が形成されやすいのです。早池峰山に特殊な高山植物が多い理由のひとつとなっています。
紫波町では、佐比内から長岡まで、蛇紋岩がかなり広い面積で分布します。地名にも
その影爵と思われる名称が多いのです。例えばここ「火石沢」の名ですが、火石とはその昔これで火を著けた硬い石に由来するもので、蛇紋岩とまったくちがう性質の石(チャート〉が、下の地質図に示すよう、蛇紋岩の岩体に、しばしば付随する石であります。
また、黒石山は恐らく黒い蛇紋岩の山のことであり、柏森山は、蛇紋岩地質で生えやすい柏(カシワ〉の木が生えた山であったと考えられるのです。そうそう、水沢の蘇民祭で有名な黒石寺は、蛇紋岩の山にあります。そしてその周辺には、カシワの森が広がっているのです。
この蛇紋岩、実は風化しやすく崩れやすい性質を持っています。しかし何故このよう
なきれいな滝が形成れるのでしょうか?(滝は通常、硬い岩石でできている)
それは、この滝の名(火石沢の滝)と関係あるのでしょうか?
実はこの滝はいろいろ謎に包まれているとも言えるのであります。
賢治が度々作品に登場させたこのサァペンティン、この蛇紋岩が放つ黒光りのよう
な怪しい神秘性が、賢治の心を揺さぶったと言えるのかも知れません。